【エヴァ】3章 なぜ生きるのが辛いのか。欠けた心の原因

獲物に合わせて罠を作り変え、改良していくというような使い方をするには、やはり、「時間」と「空間」の概念が必要になります。こうして、自然界のピラミッドで、低い地位にあった人類は、武器や罠を扱うことで、最も恐ろしい捕食者となったのです。

冬月「人類。この世界で最も脆弱な生物」

碇「だからこそ、生き延びるために知恵を手に入れた」

EVANGELION ORIGINAL 3より引用

そして、武器や罠は、陽電子砲やN²地雷にまで進化し、ついには、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンを完成させることになります。

リツコ「人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。」

新世紀エヴァンゲリオンより引用

以上が「想像力」の効果ですが、この想像力を使徒が持っているという傾向はほとんど見られません。武器を事前に用意したり、複雑な罠を仕掛けるという使徒は現れませんでした。動物が生まれながらに持っている牙や爪を使うのと同じように、使徒も生まれながらに持っている攻撃能力で戦います。そして、作戦のようなものもなく、一般的な動物にみられる、「試行錯誤」という戦い方をとっています。つまり、”ある攻撃がうまくいかなければ、別の攻撃をしてみる。うまくいけば、それを続ける。”です。一方、知性の高い動物が行う戦い方が、洞察です。洞察とは、簡単に言えば、試行錯誤を頭の中で繰り返して、解決方法を探すことです。想像力がある人間は、時間や場所に縛られることなく、洞察することができます。

仮に、使徒が事前に準備をしたり、罠を仕掛けたり、洞察によって、状況を見ながら複雑な攻撃を仕掛けてくるというような戦い方を取っていれば、恐らく人類は簡単に滅んでしまったでしょう。

「想像力」があると、なぜ不安が生まれるのか

ここまで、「想像力」が与えた能力について説明してきましたが、ここからは、「想像力」が引き起こす、不安について説明します。

人は他の動物と同じように、恐怖や怯えという感情を持っています。生物は、目の前に、敵が現れたり、危険な状況に陥ると怯えますが、「時間」や「空間」という概念を持つ人は、恐怖に加えて、不安という感情を持ちます。不安とは、いわば、目の前に敵や危険な状況がないのにもかかわらず、怯えている状態です。つまり、想像力によって、恐怖している状態です。

例を示しますと、エヴァ第二話で、シンジがお風呂に入っているシーンにおいて、ミサトの「風呂は命の洗濯よ」という言葉に対し、「でも、風呂って嫌なこと思い出すほうが多いよな…」とゲンドウの事を思い出しています。これはシンジが、過去という別の「時間」の、ネルフ本部という別の「空間」を頭の中に作ることができる「想像力」があるためにできる行為です。人は想像力があるために、自宅で一人でいる時でさえ、職場や学校、あるいは、将来のことを想像し、不安になってしまいます。過去のことを想像し、未来に危機が起こるのではないかと不安になるのです。

この不安は、時に「反芻」と呼ばれる行為を引き起こします。反芻とはネガティブな想像を頭の中で繰り返す行為です。例えば、仕事で失敗してしまうのではないか、また嫌われてしまうのではないかと何度も頭の中で繰り返し、そのたびに、よりネガティブな状況を空想してしまうのです。

鬱病など、合理的に考えることができない状況では、この考えがエスカレートし、起こりえないようなことにまで怯えるようになり、反芻のたびに、さらにネガティブな方向に考えてしまいます。そのため、認知行動療法などでは、この不合理な反芻行為をやめることが、治療として行われています。

人以外の動物も、人と同じようにストレスを感じますが、ストレスが原因で、動物が自殺をしたという例は、現在のところ、報告されていません。現実しか見ていない動物は、目の前の危機にしか興味がなく、未来を憂いで自殺する必要がないためと考えられます。人は想像力という能力を手に入れることで、自然界の頂点に君臨することになりましたが、同時に、現実にないものにまで怯える、不安という原罪を背負うことになってしまったのです。

これで、知恵の実の一つ目の能力である「想像力」についての説明を終わります。二つ目の能力は「心の理論」です。

なぜ他者に恐怖するのか(心の理論vs承認欲求)

人以外の生物にも、心があることに疑いを持つ人は少ないでしょう。しかし、人の心と動物の心に違いがあることも事実です。その違いは心理学の研究で検証され続けてきました。研究の結果、人だけ(あるいは、人と大型類人猿だけ)が持つと考えられているのが、「心の理論」と呼ばれるものです。

簡単に言えば、自分の考えと他者の考えが違うことを理解し、推察できる能力のことです。動物が、自分と他者の考えの違いを理解しているのか、検証するために使われる実験に、「誤信念課題」と呼ばれるものがあります。

ここで、皆さんも自分に「心の理論」があるのかチェックしてみましょう。

①あなたは、窓から部屋の中をのぞいていました。

②中には、カヲル君とシンジ君がいました。

③カヲル君は、箱の中にキャンディーを入れてから、トイレに行きました。

④そして、シンジ君はカヲル君にバレないように、箱に入っているキャンディーを、全部自分のズボンのポケットに隠しました。

⑤そのことを知らないカヲル君がトイレから戻ってきました。キャンディーを食べたいカヲル君はどこを探すでしょうか。

という問題です。とても簡単な問題ですね。カヲル君はシンジ君がキャンディーを箱から取り出したことを知りません。そのため、カヲル君は、箱を探すが正解です。しかし、人以外の生物はそれが理解できません。知能が高いとされるチンパンジーでさえ、カヲル君は、シンジ君のポケットを探すと思ってしまうのです。つまり、人以外の生物は、カヲル君の身になって考えるということができないのです。しかし、なぜこの能力が重要なのでしょうか。それは、他者と協力するために欠かせない能力だからです。ミツバチのように、ほとんどの行動が本能に支配されているような生物なら、この能力は必要ありませんが、人のような自律性が高い種の場合、自分の行為に対して、相手が怒るか喜ぶかを推測し、さらに、それを見ている、第三者がどう思うかという複雑な思考の流れを捉えることが、争いを回避したり、協力して敵と戦うために必要になります。

ヒトの脳の活動の内、この「心の理論」について使われる割合は非常に大きいことが分かっています。そのため、人の脳の大きさは、集団の数に比例して巨大化してきました。また、この「心の理論」に一つ目の能力である「想像力」が加わることで、「象徴」というものが生まれます。分かりやすい例を挙げれば、「神」であり、宗教です。血縁関係にない他民族、言語すら違う人々が、同じ神を共有することで、互いを信頼して協力し、命を捧げることさえできるようになります。現在のところ、人以外の生物が、宗教を信仰しているという報告はまだありません。もう一つの「象徴」の例が貨幣です。初めは貝殻や大麦の価値をお金として使い、金の価値を使い、現在では”信用の価値”を貨幣として使っています。歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、著書「サピエンス全史の中で、この象徴、彼のいう”虚構”を集団で共有できる能力が人類を特徴づける能力であるとしています。

ここまで、「心の理論」の能力について、お話してきましたが、人は「心の理論」を持つがゆえに、承認欲求が生まれ、他者に恐怖すると冒頭で説明しました。ここからは、この心の理論が生む原罪について説明します。

:なぜ「心の理論」があると他者に恐怖するのか

人以外の動物でも、親に甘えたり、生殖のために自分を強く見せる行動は見られます。しかし、「心の理論」を持つ人は、目の前の相手を見るだけでなく、相手の立場から自分を見ることや、第三者がそれをどう見ているか、さらには、そこにいない人が自分についてどう思っているかについても、気にかけることができてしまいます。

シンジの影「実際に見られる自分と、それを見つめている自分だよ。」

新世紀エヴァンゲリオン2より引用

また、人は自分自身についても、客観的に観察できてしまいます。例えば、「私はあの人と結婚したいけれど、それは世間的に良いことなのだろうか」と、自分を他人のように、客観的に見ることができます。

「動物のなかで人間だけが、自分の一時的欲望の批判的評価を試みることができる。」

『心は遺伝子の論理で決まるか』 キース・E・スタノヴィッチ

つまり、想像力を使い、自分の頭の中に自分や他者を作り出すことができます。この能力は、共同体の中で生きていくためには必要な能力ですが、自分というものを薄れさせます。自分について考えるとき、常に自分の中の他者の影響を受けてしまうためです。例えば、「私はあまり話がうまくない方だと思う。なぜなら、○○さんのようにうまく話せないからだ。」というように、他者を基準に自分を評価するためです。また、他者も同じように考えることを知っているため、

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