【エヴァ】3章 なぜ生きるのが辛いのか。欠けた心の原因

他者の中にいる自分にも影響を受けます。例えば、「私は積極的に話す勇気がない。なぜなら、みんなが私をおとなしい人だと思っているから、話し始めるのが怖いんだ」というように、他者が自分をどう思っているかを基準に、自分の振る舞い方を決めることがあります。このように、自分について考える度に、自分の中の他者や、他者の中の自分が現れ、影響を受けてしまうのです。

シンジの影「葛城ミサトの心の中にいる碇シンジ、惣流アスカの中のシンジ、(以下略)

      みんなそれぞれ違う碇シンジだけど、どれも本物の碇シンジさ。君はその他人の中の碇シンジが恐いんだ。」

新世紀エヴァンゲリオンより引用

この理由から、人は常に「自己喪失」の状態に陥っているともいえます。自分だけで、自分を形作れないということです。

ユイの声「自分以外の存在がないと、あなたは自分の形がわからないのよ」

EVANGELION ORIGINAL 3より引用

これが、リリンが強いA.T.フィールドを作れない理由でもあります。「自己喪失」にあるために、人には、他者から認められ、「自己喪失」の状態を克服し、自分に自信を持ちたいという欲求が生まれます。この他者から認められたいという欲望を「承認欲求」と言いますが、この承認欲求は人を苦しめます。なぜならば、他者も同じように、承認されることを求めるため、誰も積極的に他者を認めようとはしてくれないためです。社会には相手を認めようとする人よりも、認めてもらいたいという人が圧倒的に多く、そのために、承認の戦いが始まります。人は様々な方法で相手に自分を認めさせようとします。より強い、より有能、より賢い、より経済力がある、より美しい、より努力しているなど、あげればきりはないでしょう。しかし、そこで仮に認められたとしても、安心はすぐに消えてしまいます。

アスカ「一人でいるのが怖いの。認められる為に、エリートになったのに。」

新世紀エヴァンゲリオン2より引用

なぜなら、一度認められるだけで終わりではなく、認め続けてもらわなければ意味がないからです。そのため、人はさらに他者に依存することになります。

これはヘーゲルの「精神現象学」で「主奴の関係」と呼ばれるものです。主人は、自分が奴隷よりも優れていると思っていますが、実際には、働き方を知らない主人は奴隷に依存しているということです。つまり、承認欲求の戦いでは、勝利しても心は満たされず、永遠に他者に依存し続ける状態にあります。しかしながら、戦いから降り、一人で生きていくことも、人には険しい道となります。孤独もまた、人にとって、耐え難い辛さであるためです。

冬月「人は、群れていなければ生きられない。」

ゲンドウ「人は一人で生きていけない。」

新世紀エヴァンゲリオン2より引用

こうして、人は知恵をつけ、他者を理解する能力を得たために、”他者”に認めてほしいという、苦しみを背負うことになったのです。

後の章で詳しく説明しますが、綾波レイも、はじめは孤独に辛さを感じず、目的を遂行して、無になることを願っていました。

レイ「無へと還りたいの」

新世紀エヴァンゲリオンより引用

しかし、人に認められることを知ってから、寂しさを知り、生まれて初めて涙することになります。

レイ:「痛い…いえ、違うわ…寂しい…そう、寂しいのね…」

(中略)

レイ:はっ…これが…涙…?泣いているのは、私?

レイ「その日を願っていたはずなのに・・・今は怖いの」

新世紀エヴァンゲリオンより引用

以上が人が「心の理論」を持ってしまったために、他者に恐怖するようになった理由です。そして、いよいよ次が神になるために必要な能力であり、人を苦しめている最後の原罪である、「自由意志」です。

なぜ自由に苦しむのか(自由意志vs自由の刑)

私たちの脳や肉体が、遺伝子をもとに作られていることは、ご存じのとおりですが、多くの人は、遺伝子が私たちの為に存在していると考えています。しかし、生物学者リチャード・ドーキンスは、著書「利己的な遺伝子(The Selfish Gene)」の中で、「we, and all other animals, are machines created by our genes.(我々人間を含め、全ての動物は遺伝子に作られたマシン(乗り物)に過ぎない)」と述べ、世界に衝撃を与えました。つまり、我々は、遺伝子が数を増やすためのただの乗り物であり、遺伝子のために存在しているに過ぎないということです。もちろん、自然淘汰の結果、環境に適応した乗り物に乗っていた遺伝子が生き残ってきただけであり、遺伝子が人の脳や肉体を利己的に設計してきたわけではありません。しかし、ここで重要なのは、進化の過程で、乗り物であるマシンの幸福は一切考慮されていないということです。マシンが苦しもうが、遺伝子が増えればそれでよいのです。その一例が「寿命」です。動物の子を残せる年齢と寿命は基本的に一致しています。子供を残せなくなった乗り物には早く退場してもらったほうが、遺伝子にとって都合がよいためです。また、遺伝子の司令塔ともいえる本能も、同じように、遺伝子のために働きます。ミツバチは外敵が巣に攻撃を仕掛けると、外敵に針を刺すように、本能は命令しますが、自分の腹は破けて、死んでしまいます。しかし、そうすることで、近縁の遺伝子は守られます。このように、生物の脳は遺伝子の利益に適うように作られていますが、人間の持つ脳は、地球上ではじめて、この遺伝子に逆らうことが出来る力を持っています。

”動物の多くは、持てる遺伝子を伝播するために、みずからを犠牲にするようにつくられている。

進化の過程で登場した生命体のなかで、ヒトは、この事実を認識して歯止めをかけようとした、唯一の存在である。”

「心は遺伝子の論理で決まるか」キース・E・スタノヴィッチより引用

人以外の生物は、「遺伝子の利益になる行動」と「遺伝子の利益と乗り物の利益になる行動」しかとれませんが、人だけが、「乗り物だけの利益になる行動」をとることができます。

たとえば、キリスト教の神父や仏教徒は結婚をせず、子を残しません。これは、近縁の遺伝子を残すために不都合な行動です。また、人は「快楽」よりも「善行」を選択できます。例えば、「匿名での募金」です。善行の多くは、自分にも、近縁者にも不利益をもたらすため、脳は快楽より苦痛を与えることが多いのですが、人は自分を律することができます。哲学者イマヌエル・カントは、この本能(傾向性)に縛られず、道徳的行為を行う自律性こそが、人間の真の自由であると説きました。遺伝子と人の脳について、もっと単純に言えば、人は自分で選択した人生を送ることができるということです。どれだけ本能が命令しても、人はそれに抗い、自分の決めた生き方を選ぶことができるのです。SF小説や都市伝説では、AIの暴走という話がよく登場しますが、

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